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大阪高等裁判所 昭和50年(行コ)33号 判決 1976年10月14日

和歌山県西牟婁郡白浜町三三四〇―二六

控訴人

尾崎茂

右訴訟代理人弁護士

平井勝也

和歌山県田辺市上屋敷町一一四番地

被控訴人

田辺税務署長

右指定代理人

宗宮英俊

玉井博篤

中谷透

米田一郎

鬼束英彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、求める裁判

(控訴人)

「原判決を取消す。

被控訴人が控訴人に対して、昭和四一年九月二九日付でなした控訴人の昭和三九年度の所得税額を二三七万五、四五〇円とする更正処分は、これを取消す。

訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」旨の判決。

(被控訴人)

主文同旨の判決。

二、主張並びに証拠

次に掲記するもののほか、原判決事実摘示欄の記載を引用する。

(控訴人)

1. 原判決は控訴人が必要経費として主張するものを控除しなければ、実質課税の原則に反し、また二重課税となるとの主張に対し、<1>控訴人が土地譲渡の主体であるから所得が控訴人に帰属するとして取扱うのは当然である。<2>支払利息の大部分が、昭和三九年度分の収入に対応する費用として認められないのは、収入と費用の対応の原則上当然であるとして、その主張を認めなかつた。

2. 然し、<1>譲渡の主体に所得が帰属することは、当然であるが、その所得から必要経費特に土地取得金の譲渡までの支払利息を控除できないというところに、所得なければ課税なしの実質課税の原則違反があり、また一方支払利息を受領している者に、その所得税を課税して置き乍ら、譲渡主体の所得から支払利息を控除しなければ、譲渡主体は支払利息分にまで課税され、支払利息分については二重課税となること明白である。

<2>また前記1の<2>については、収入と費用の対応の原則上、大部分の利息を昭和三九年度分の収入に対応する費用として認められぬというが、控訴人は昭和三九年度以前に発生した利息を、それまで損金として計上していないのであるから、譲渡の際一挙に支払利息全部を計上しても、収入のあるときに費用を一括計上したに過ぎず、収入と費用の対応の原則に反しない。

理由

一、本件に関する当裁判所の認定、判断は、次項に付記するもののほか、原判決の理由記載のとおりであるから、これを引用する。

二、控訴人は本件事業所得の算定上その主張する費用、殊に本件転売土地の購入のための借入資金に対する支払利息のうち、昭和三八年分以前のものにつき、これを本件係争年分である昭和三九年分の必要経費として認めないのは、実質課税の原則に反し、二重課税の誤ちを冒すものであると主張する。

(一)  実質課税の原則違反の点について

控訴人の主張する費用につき、その一部が法律上必要経費として認められないのは、次に支払利息についてその理由をふえんするもののほか、前記引用の原判決の理由記載のとおりであつて、法律上必要経費として認め難いものを所得計算上控除しないのは当然であつて、何ら実質課税の原則に牴触するものではない。この点に関する控訴人の主張は、要するに単に自己の主張する全額を必要経費として控除すべきで、これをしないのは不当であるという主張に尽きるものである。

(ⅰ) 昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法(以下旧所得税法と称する)九条一項四号によれば、事業所得は「その年中の総収入金額から必要な経費を控除した金額」とあり、同法一〇条一項には、右九条一項四号に規定する「総収入金額」は「その収入すべき金額の合計額とする」旨更に同法一〇条二項には、右九条一項四号の規定により「総収入金額から控除すべき経費」は「‥‥負債利子その他の経費で当該総収入金額を得るために必要なもの」とする旨規定されているが、これらの諸規定は、税法上事業所得の算定につき、収益費用期間対応の原則を宣明するとともに、収益と費用の帰属年度の判定に関し、いわゆる権利義務確定主義を採つていることを明らかにしたものと解すべきである(収益の帰属年度に関し最高裁第二小法廷昭和四〇年九月八日決定・刑集一九巻六号六三二頁。なお昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正後の所得税法三七条は費用につき償却費以外の費用で「その年において債務の確定しないものを除く」と規定している。)。

控訴人は本件転売土地を購入するための共同資金として、他二名と共同で昭和三六年九月一五日に借入れ、昭和三九年九月一四日に右借入以降の負債利子を一括支払つたものであるが、他に格段の事由の認められない本件に在つては昭和三八年以前の負債利子は既に各年毎に弁済期が到来し、支払義務が確定しているものというべく、その金額の算出も元本の額及び利率が当事者間に明確であると推認される本件にあつては、可能且つ容易であるものと言い得る。而して控訴人本人の原審での尋問の結果によれば、控訴人は昭和二五、六年頃から継続的に、不動産売買、仲介業を営んでいたものであることが認められるので、控訴人としては、既に債務の確定した昭和三八年以前の負債利子(但し自己負担分)は、昭和三八年以前の各年分の事業所得の計算上、必要経費として計上し控除すべきであることは、前述の収益費用期間対応の原則、権利義務確定主義の原則上明らかである。

なお控訴人らが本件土地の売却による収益を挙げたのは本件係争年の昭和三九年中であつて、昭和三八年以前でないことは明らかであるが、然し昭和三八年以前の負債利子は、昭和三八年以前の年分においても控訴人にとつて謂わば棚卸資産ともいうべき本件土地の保有管理に要した費用で、控訴人の経営する不動産の売買・仲介の事業にとつての必要経費というべく、従つてこれを本件土地売却による収益の帰属年度と異なる昭和三八年以前の各年にそれぞれ必要経費と計上することは何ら差支えないと解される。

(ⅱ) 控訴人は不動産の売買、仲介業(事業所得)のほかに不動産の賃貸業(不動産所得)を営むものであるが、斯ような場合、控訴人としては、各年毎に事業所得、不動産所得の計算をして、各年分の総合所得を算出し、税の申告をすべきこととなるが、仮に例えば事業所得の計算上、費用のみで収益がなかつたり、或いは費用が収益を上廻る場合には、超過費用は、他の不動産所得の計算上控除の対象にすることができ(旧所得税法九条の三)、斯ような方法で総合所得を算出したうえ、法定の所得控除等を施し、なお所得金額があれば確定申告をすべく(同法二六条)損失があれば損失の申告をすることができ(同法二六条の二)、後の場合損失の申告をすることを前提に次年度以後の所得金額から一定の範囲で損失控除をすることが認められる(同法九条の四)。また各年分の所得計算上、計上すべき必要経費を落し、ために過大申告となつた場合、法定申告期限から一ヵ月以内に限り税務署長に対し、更正の請求をすることができる(昭和三七年法第六六号の国税通則法二三条)。

しかるに本件において控訴人は昭和三九年以前の所得につき、事業所得を含めた所得計算をなしたうえ、前述のような法の定める手続に従つた確定申告、損失申告又は更正の請求をなすことなく、既に債務の確定した昭和三八年以前の負債利子を本件係争年の昭和三九年の必要経費として一括計上することを求めるものであるが、前述の旧所得税法九条の四や国税通則法二三条に規定する法定の手続によらず前年度以前の必要経費を当該年度の必要経費として一括計上する方法で右控除を受けることは、法の認めないところと解すべきである。

(二)  二重課税の点について

本件において、債権者である鳥清商事(株)に対し、同会社が昭和三九年四月一四日に控訴人らから受領した本件の負債利子金額につき、これをすべて同会社の昭和三九年分の所得として課税した事実を認めるべき証拠はない。

してみると、前述の如く、控訴人に対する関係で支払利息のうち、昭和三八年以前の分を、本件係争年である昭和三九年分の事業所得の計算上必要経費として控除を認めないことを以て、二重課税であると断定することはできない。

以上により控訴人の主張は失当で、本訴請求は理由がない。

三、よつて本件控訴はこれを失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信 裁判官 藤浦照生)

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